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2004/10/23

激震遭遇

母方の祖父は新潟県の出身。祖父は亡くなって10年になるが、彼のいとこがまだ新潟の魚沼に住んでいる。今回ちょっといろいろな事情があり、急速に衰えている祖母を連れてこのいとこに会いに行くことになった。

祖母とはもう旅行することもできないかもしれない、というわけでメンバーは私のほか弟、妹、そして叔父の5人。天気もまぁまぁよく、関越を気持ちよくドライブして広神村というところへ出かけた。

午後3時過ぎに現地に到着。この日はそこから車で30分ほどのところにある湯之谷村の大湯温泉に泊まることになり、出発したのは5時半過ぎだった。いったん国道17号に出てから352号で湯之谷へ。ひとつめの温泉街で異変に気づく。なんか暗い。それから、浴衣姿の人や街の人が懐中電灯を持って道路に出て来ている。

確信をもってるように見えて走っている前の弟の車だが、目指す温泉への入り口を過ぎているように見えるので携帯を出すと「しばらくお待ちください」の表示。ようやく非常用電源でぼんやりと照らされた温泉旅館について初めて大きな地震があったことを知った。

一応、鍵は渡されたものの部屋には通されず、ロビーで待つようにとの指示。座っていると確かに揺れている。ゴー、という地鳴りとともに縦揺れが続いているのは阪神大震災の余震と同じ。弟のもっていたFMラジオでテレビの電波を受信、小千谷や長岡で大きな被害が出て、新幹線も脱線していることを知る。

携帯はネットへは問題なく接続できるが電話はかかりにくい。通話制限をかけている。そうこうするうちにマグニチュード6の最大の余震に遭遇。天井からぱらぱらと何か落ちてくる。宿泊客の女性が悲鳴を上げる。シュールレアリズム。

ほどなく、消防の人がやってきて今夜いっぱい電気は来ないこと、建物が絶対に倒壊しないとは限らないので部屋にはいないで1階のロビー、できれば出口に近いところにいること、上に物があるような場所にはいないようにと言いおいて出ていった。宿の人たちが毛布やおむすびを配り始め、一気に被災地っぽい雰囲気に。

ここで弟や叔父と協議。震源はもっと新潟よりなので、祖母の負担も考えると少しでも震源から離れたほうがいい。関越は閉鎖されているが17号で三国峠を抜けられれば関東へ戻れる。宿の人の了承を一応得て7時半過ぎに東京方面へUターンした。

なんとか東京にいるいとことも連絡がとれ、深夜になってもいいから素泊まりで泊まれる宿を水上か伊香保あたりで探してくれるよう頼み、国道17号を南下する。停電しているので真っ暗。とはいうものの阪神大震災のときと根本的に違うのは農作業に使ったりするからなのだろう、自家発電機で照明をつけたりしている家もある。国道は1カ所だけ50センチ以上の段差ができているところがあった。地元の人がすでに板を渡してくれており、1台ずつゆっくり通過。そこの渋滞に時間がかかった以外は車の通行量も少なく淡々と走り続けた。

浦佐駅の近くでは、2階建てのマンションがこうこうと電気がともっているように見えたのが実はMax(オール2階建て新幹線)だったことがわかったり、いろいろ。停電も湯沢を過ぎ、苗場あたりまでくるとなくなってホッとした。この日は水上の北のはずれ、湯檜曽にある温泉に23時過ぎにつくことができた。

ラジオでは刻々と死者の数が増えている。現場にいて自分は何もすることができないもどかしさとくやしさをちょっとかみしめつつ、疲労困憊の一夜となった。

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