20年の歳月、日航機墜落
群馬県の御巣鷹山(本来は「御巣鷹の尾根」が正しいらしい)に日航のジャンボ機が墜落してもう20年。きょうは仲間が雨のなか、重い器材を背負って山に登っていました。山を降りてきて届いたメールには、きょうも機体の破片の一部や人骨が見つかった場に居合わせた時の様子も書いてありました。
この事故がなかったら、というか、たぶんフジが生中継した生存者の川上慶子さんの映像を見ていなかったら、たぶんいま、私がいまやっている仕事には就いていない。私にとっても実は人生の転機になった事件です。それからもう20年なんて…。
といいつつ、日々の生活に流されて事件自体はあまり勉強できていませんし、事故と接するきっかけもほとんどなかったのですが、この3冊は必読かなぁと思います。1番目の藤田さんはJALのパイロットとして、原因究明、特に圧力隔壁破壊説に長い間異議を唱えてきた人。2番目の山崎豊子「沈まぬ太陽」は、主人公の描き方をめぐって賛否両論あった作品ですが、3巻目の描写は秀逸。この人、1980年代にもかかわらず大阪のひとに「おまへん」とか言わせてて若干どうなの、と思わないこともないのですが、圧倒的に迫ってきます。3番目も綿密な取材に基づいた作品で一気に読ませます。
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夜になってTBSとフジの民放2局がドキュドラマを放送しました。それぞれ力作だったと思います。個人的には両方とも見て正解かなと。TBSは先述したJAL藤田さんと、123便の高濱機長の遺族に、フジは遺族会「8・12連絡会」の事務局長をやっている美谷島さんの一家に焦点をそれぞれあてて描いています。
「もうだめだ」と叫ぶ機長の声が収録されたボイスレコーダーの声は、本当に胸がしめつけられます。こんな日に福岡発の飛行機で事故起こして、JAL最低ですよ…。
ドラマの感想を以下に。
(1)ボイスレコーダー(TBS)
午後6時25分から放送を始め、6時56分の上野村での黙祷の様子を中継で盛り込むなど、意欲的なつくりでした。この事故にこだわってきた記者と、原因究明にかける藤田さんとの出会いがあって生まれた番組かなとも。映像はありませんが、生存者の吉崎博子さんと長時間にわたってインタビューしたのもわかります。
また、どこからどこまでがCGで、どこからどこまでが緑山なのかわからなかった「現場」の様子もすごい。急斜面をおまわりさんが足を踏み外しておっこったりしているショットが映ったりしてるのもすごいです。最近ドラマのTBSもイマイチだなーと思ってましたが底力を感じました。
一方、高濱機長の一家については少し美化しすぎ?という気も…。長い間心ない中傷を受け続けたのでやむをえないか。ボイスレコーダーを聞かせてくれ、と当時の運輸大臣だった橋本龍太郎に書いた手紙や、歯5本と下あごだけになってしまった機長の遺体の写真が公開されているのも衝撃的。意外だったのは、お嬢さんがいまも現役のJAL国際線客室乗務員であるということ。勇気ある決断ですよね。ボイスレコーダーの音声が公開され、遺族のひとりから感謝されて泣き崩れるシーンはずっしりときました。
もうひとつ、これまであまり焦点があたっていなかったような気がするのは、10年経過したから、という理由で運輸省(現在の国土交通省)があの事故の資料を廃棄処分にした、ということ。それがおかしい、と考えた現役の運輸省の職員たちによって、ボイスレコーダーを録音したテープや、資料が持ち出され、藤田さんの手に渡ったということも重く受け止めないといけない事実です。
(2)20年目の誓い 天国にいるわが子へ
ドキュメンタリーと、ボイスレコーダーの軌跡なども入れながら基本的にはドラマ。原田美枝子っていくつ?すっげー若い(汗)。いちばん驚いたのは、生存者救出の映像を現場で撮影したカメラマンが、美谷島さん夫の高校時代からの親友だったという話。凄惨な現場を見て山を降りてきて、友だちにその山への登り方を教えなくてはならないジレンマ。寺脇さんではすこーしインパクト弱かったような気がしたのは残念です。
ひとりで息子を飛行機に乗せてしまった、と自分を責める母親に話しかけてきた女性が、やはり同じようにチケットを送って娘を123便に乗せてしまった人で、それもなんと座席がこの息子の隣だったという話も、因縁を感じる「事実は小説よりも奇なり」。
20年前は新聞に被害者ほぼ全員の名前や住所も掲載されていたのが、座席表から再現された日航機の内部は半分以上の人がイニシャルになっていたことに、特に時の流れを感じました。
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