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2006/05/30

陽が開くとき-幕末オランダ留学生伝

久しぶりの榎本さん本です。読もうと思いつつほかのことに手を取られて長い間ツンドクになっていました。「榎本さん本」といってもタイトルの通りで、主人公は釜次郎さんと共にオランダに留学した別の武士(ただし身分は"職方")、中島兼吉という人物。新潟に住んでいたことがあるので高田藩士だったことを改めて知り、ちょっと別の共感がありました。

陽が開くとき-幕末オランダ留学生伝陽が開くとき-幕末オランダ留学生伝
東 秀紀

日本放送出版協会 2005-12
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この本にはふたつの大きな特徴があります。著者の東さんは専攻が建築/都市工学ということもあってなのか、ディテールがとても詳しい、というか写実的。例えば、留学生たちの足跡を丹念に追って、デンハーグやライデンでのそれぞれの下宿のあった詳しい住所、所番地までが記されています。

satesateさま、オランダ行きの前に予習はいかがでしょうか。

もうひとつは主人公中島兼吉の孫娘が柳宗悦の妻であったということが、物語にまた別のベクトルを与えている、ということだと思います。以下、ネタバレは軽めにしつつ。

中島は、釜次郎さん好きならゼッタイ外してほしくない佐々木譲の武揚伝にも留学生のメンバーとして出てきます。ただ、武揚伝的には釜次郎さんの友は沢太郎左衛門であり、赤松大三郎であり、学んでいたものも異なっていたためそれほど描かれる比重は重くありませんでした。

ただ、印象的だったのは、この中島という人物がオランダで女性と愛し合うようになり、子どもまでもうけながらふたりをオランダに置いて帰国したこと、そしてそう決意するまでの苦悩が描かれていたことで、その後オランダに残されたふたりはどうなったのか、気になっていました。

この物語では中島さんがオランダへ向かう途中のバタヴィアで出会った女性と運命的に再会を果たして愛し合うようになり、幕末の混乱期に幕府から派遣されたという「かせ」のかかった状態で最先端のヨーロッパの知識を学んでいくことが淡々と描かれています。

佐々木さんの文章もかなりドライなタッチですが、東さんの文章も非常に客観的で、奥付で建築学科(=理系)を見てやっぱりなぁ、とモロ文系な私は納得した次第。

また、最初にも少し触れましたがディテールの描写が細かい。バタヴィアの手前で難破する前もなんでそんなに時間がかかっていたか、という理由(下田あたりで病気が流行して1カ月足止めなど)もきちんと書かれていましたし、バタヴィアの描写もまた生き生きとしています。

さらに、人物。オランダで出会う「恩師」たちや、ドイツの実業家クルップ、宰相のビスマルクといって人々が「どんな姿格好なのか」ということをきちんと書かれてありました。ビスマルクくらいだと世界史の教科書で写真をみたことがありますが、果たしてその人物が背が高いのか低いのかやせっぽっちなのか太っているのか、そういうところが物語にまた別の奥行きを与えます。

どれも当時の水準では、という話になるのだと思いますが、釜次郎さんは背が高く、赤松さんは太っていたということ書かれてありました。私は幕末オタージョ((c)icewine5さん)の域にはまだまだ達しておらず留学生の写真などもみたことがなかったため、初めて知る情報でとっても興味深かった。

留学生たちのキャラクター、そしてそこに微妙に影を落とす「士分」なのか「職方」なのかの違い。団長の内田さんなんかかなり印象悪い人物として描かれています。重圧に耐えられずお酒に逃げて命を落としてしまった者、言葉も覚えられずぷらぷらするだけで終わっちゃった人など、さまざまな姿もむしろ釜次郎さん視点でないため、丹念に描かれていると感じました。

また「武揚伝」を怒濤の勢いで読んだため、釜次郎さんが日本初の「観戦武官」としてプロシアとデンマークの戦争を赤松さんと視察に行った際中島さんが同道していたのも読み落としていたかもしれません。そこでの経験がまた中島さんのその後の人生に深みを与えてゆきます。

お話はあくまで留学生たちの物語なので、帰国してからのこと、特に箱館戦争についてはサラリと回想として描かれているだけです。しかし、釜次郎さんはじめ留学した仲間たちが全員ではないまでも深い友情で結ばれ、大きな「家族」となっていったことも書かれてありました。

「ロマンチ的視点」としては、相変わらず釜次郎さんの株価はストップ高です。緻密さと大雑把さが同居し、行動力のあるアツイ男。いざという時は確実に頼りになる強い人。自分が中島さんの立場ならオランダに残って幸せに暮らすぜ、とロマンチぶりも炸裂しておりますw よかった〜帰国してくれて。日本が台無しになるところだったじゃありませんか。

導入部とエピローグにあたる部分に描かれていた、中島さんの孫の兼子さんは「日本クラシック界の先駆的女性歌手」と紹介されています。世の中には知らないことがたくさんありすぎるなぁ、と痛感した1冊でもありました。柳宗悦などについてもまた時期を見て本を読んでみたいと思います。

【追記】TBさせていただきました。
「陽が開くとき」 (二兎亭

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コメント

香音里さんこんばんは。

あのクルップvs.アームストロングはすごいシーンでしたね。読んでいるとその情景が浮かんできて耳が聞こえなくなりそうな…。

これを読了したので速攻で佐々木譲さんの「幕臣たちと技術立国 江川英龍・中島三郎助・榎本武揚が追った夢」をAmazonで買いました。日頃「情」が幅をきかせて道理が引っ込むような職場にいて萎えがちなので元気をもらえたらいいなと……そのためには自分にも厳しく、鍛錬をしないと行けないのだとは思いますが。

投稿: ruko | 2006/05/31 22:38

icewine5さんこんばんは。幕末地味女(ジミータ)です。

icewine5さんに教えていただいた森鴎外の話もちらりと出てきます。ボリュームは極小ですがかなり辛辣で、鴎外の彼女が日本まで追いかけていく話、結婚が破綻する話とざっくり書かれてましたw

榎本さんの写真とかをもっとみてみたい衝動に駆られております、オタージョへの一歩か……。

ドリーム入りまくりの小説は私も苦手です…。いちばん好きな作家が高村薫だったのですが、高村さん、別の意味で最近ドリーム?が入ってきていて、どこに向かおうとしているのかきがかり…。

投稿: ruko | 2006/05/31 22:34

rukoさん、こんばんは。

TBありがとうございました。こちらからもTBさせていただきました。

rukoさんの読解力といいますか、観察力といいますか、いつもながら素晴らしいですね。
レビューを拝見して「なるほど」と改めて思わされました。確かにクルップとアームストロングの試射会のあたりなんか、かなり詳しく書かれています。

「武揚伝」を面白いと思った人は、きっとこの作品も面白いんじゃないかと思います。

投稿: 香音里 | 2006/05/31 04:10

rukoさん、こんばんは。

香音里さんのレビューを拝見した時から気になっていましたが、rukoさんのレビューで更に興味深々になりました。

さすが、理系の方ということで、描写が細かく且つ客観的なのですね。
こてこてのドリーム入りまくった小説が苦手な自分としては、ぜひとも読んでみたいです。

>自分が中島さんの立場ならオランダに残って幸せに暮らすぜ、とロマンチぶりも炸裂しておりますw

そういえば、武揚伝の榎本さんも酔いつぶれた中島兼吉を見て同じ事、考えてましたね^_^;
やっぱりそういうキャラなんですかね~
榎本さんも恰好良く描かれているようで、オタージョ(笑)としては、嬉しい限りです。

投稿: icewine5 | 2006/05/31 02:40

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